技術向上への道


 2008年、突然工場長が退職、残された社員に技術承継がされていなかったことに気づき、技術協会にSOSを発信。以後5年間におよぶ週に一度の技術指導、現場改善の結果、弊社が実現したことを「技術向上への道」としてお伝えします。技術解説が目的ではありませんので、できるだけ専門用語を使わず、平易な記述を心がけています。

1、プロローグ

  ベテラン工場長が退職、現場のことは任せきりでしたが、残った社員でなんとかなると思っていたらそれは大間違いでした

 

 思い切って、基礎からやり直そうと日本印刷技術協会、坂井西部支社長(故人)に相談をしました。ご紹介いただいた古根川先生(右写真)の指導のお陰で現在があります。(*古根川 常海:元日本印刷技術協会専任講師、元印刷技能検定検定員)

 

  先生の指導は印刷技術の根幹はもちろんのこと5Sや職場環境にまでおよび、5年間で見違えるような工場になりました。

 

 オフセット印刷の技術解説はすでにいろんなウエブサイトや書籍で行われています。ここでは専門用語をできるだけ使わずに当社工場で私自身が見てきたことをできるだけ平易な文章でお伝えします。

 

 記述には注意を払いますが、専門家、技術者ではありませんので稚拙な表現、勘違いによる誤記などはご容赦下さい。

 

水にはじまって、水に終わるのがオフセット印刷

 

 当社工場にあらわれた先生は、いちばん最初に、闇夜のカラスの写真を印刷しました。もちろん印刷機とインクも当社のごく普通のものです。先生が少しばかり機械をさわり、オペレーターが先生のいうとおりにインクや水を調整します。最初は全面が真っ黒に汚れました。ところが、汚れがとれるとともに見事にカラスが浮き出てきます。先生は刷ったばかりの刷本をとりだし、

 

「さわってごらん」と言います。

 

 インクが手にべたべたとついて大変なことになると思いましたが、いわれるままに真っ黒な紙をなでました。

 

 「!!?」手には何もつきません。

 

「水を絞りきるとこうなる。もちろんこの機械のありさまではこのまま刷っても良い状態は続かんけどね」

 

「何万枚刷ってもこの状態を保つにはこれからいうことを全部やってもらわんといかんよ」

 

 といういきさつがあって、私たちのチャレンジが始まりました。

 

2、オフセット印刷は化学と物理

 湿し水の管理

 

 オフセット印刷では版面のインクが付いてはいけない部分に極薄の水皮膜をつくります。ここにインクをのせたときに必要な部分だけにインクが付着し、はじめて版として機能する訳です。

 

 版面、インク、水(ただの水ではなく、H液とよばれる薬剤が入っています)。詳しい説明は避けますが、最初にしたのはこの3つの相性を完璧な組み合わせにすることです。

 

 すべきことは簡単で版、インク、自社で使う水道水を研究機関に持ち込み、分析してもらいました。優秀なインキメーカーなら理想的です。そしてもっとも適したH液を教えてもらいました。 版やインクを変えるのはなかなか大事ですが、H液なら簡単ですから。なにごとも、出発点を間違うとあとから何をやってもうまくいきません。

 

 次に、湿し水供給装置のph値の測定をしました。これは始業時と終業時でph値にばらつきがないかのチェックです。この装置がくせ者で、著名メーカーの付属品でも結構誤差があるらしいです。これが一定でないと印刷機上で理想的な状態を維持するのはまず不可能とのことです。弊社の場合H液の自動混合装置、濾過装置に問題がみつかりました。

 

 早速、先生が考案したH液を定量で混合し補充する仕組みを取り入れました。

見違えるようにphは安定し、地汚れ防止剤などなど、印刷周りにあった様々なトラブル時につかっていた添加薬剤がすべて不要になりました。

 

 現在、使用しているのは指定されたH液と水道水だけです。

 

印刷中のトラブルに対応するため、沢山の添加剤がすべて無用になりました。

 

3、印刷機のゼロ点

 個々のトラブルに対処する前に原点にリセット

 

 次に先生の指導でやったことは「原点復帰」です。これは機械が出荷されたときの状態にオーバーホールするといった意味ではありません。水とインキをコントロールする手段である沢山のローラーは経年変化により少しずつ変化しています。コントロール装置の水0。インキ0という状態を正しく設定しないと正確なコントロールができません。

 

良い印刷をするためには湿し水を絞ることが常識です。インクと合わせて極限までコントロールするにはこの「原点(ゼロ点)」をきちんと調整する必要があるということでした。

 

 弊社ではそこが微妙に狂ったまま印刷していたようです。これもまず、湿し水を一定にしてからの観察で判明したことです。カラー印刷機の4色のユニットすべて調整するのにまる一日かかりました。

 

 そして、その状態をつねにチェックしなければなりません。ローラーは摩擦熱で数時間のうちに直径が変わります。これを把握し、ゼロ点をコントロールしながら毎日の仕事ができるようになるのはとても時間がかかります。

 

 

4、アナログ技術

五感をフルに使いなさい

 

 原点管理や印刷機メンテナンスの指導で、先生が口を酸っぱくしておっしゃったのが良く観察すること、目で見て、音を聞いて、触って、臭ってです。さすがになめてみることはありませんので正確には「四感」。

 

 フルデジタルで管理されているような印象の昨今の印刷機ですが、原点管理が曖昧では意味をなしません。デジタル管理を支える技術は今でもこうした職人技です。異音、異臭を素早く感知するのはもちろんのこと、ローラーの触感でコンディションを把握し、高速回転で微妙に変化していくローラー同士の隙間を管理するのも指先の感覚です。

 

 週一回の先生の指導で、これらの技術が毎日すこしずつ磨かれていきました。

言うのは簡単ですが、100%をめざして努力を続けるのは並大抵のことではできません。

 

 強い意志と、忍耐力、使命感が必要です。弊社では幸い素晴らしいオペレーターがいて、メーカーの整備担当の方とも緊密な関係をとり、メンテナンス業務をこなしています。

 

5、オペレータの資質

 現場をささえてくれる頼もしい社員(アラム・サーカー)

 

 デジタルを支えるのは超アナログ技術といいました。毎日当たり前のことを当たり前に。なかなかできないのが現実です。弊社で印刷現場を守ってくれるのは外国人(バングラディシュ)のアラム君。

 

<略歴>

大学院を卒業後、現地で教職を努め、その後国情により来日2005年入社、水なし印刷オペレーターを経た後、古根川先生にオフセット印刷の実地指導を受ける(週1回4年間)すでに日本の永住権を取得。

敬虔なイスラム教徒であり、仕事を離れるとバングラディシュ人の愛妻と2人の男児の良き父親。

 

 印刷現場はなかなか優秀な人材を得にくい職場ですが、彼は経歴からもわかるように「頭脳明晰」「大まじめ」。印刷現場では得難い人財です。

 

 先生曰く「教えたことを彼ほど深く理解し、毎日忠実に実践しつづけている人はいない、自分が知る中ではピカイチ」との評価を得ています。

 

 言葉の問題がさえなければ技能検定1級は確実だそうです。もちろん弊社では正社員で工場長です。(先生は元検定委員を努めていらっしゃいました))

 

 バングラディシュではいい学校をでても仕事がないのだそうです。彼のいとこたちも、MBAを持っていたり弁護士資格を持っていたり、とても優秀です。日本人で大学院を出たクラスの人が印刷現場に来てくれるでしょうか・・・

 

 出会いに感謝!

 

6、魔法の色管理

イエローマジック

 

 先生の教えで一番魅力的なのが印刷機上でのカラーバランスの取り方です。

 

 代表的なのは、私たちが「イエローマジック」と呼ぶノウハウです。簡単にいえば、イエローインクを最小限に絞ることで立体感を表現するというものだそうです。これは一般的に言われていること。実は他にも沢山のノウハウがあります。

 

 ここではこれ以上はふれませんが、写真を印刷する場合、人物、車、風景など被写体によって微妙な色調整を印刷現場ですることで出来映えが全然良くなるのです。

 

 多くの印刷会社では(かつて弊社もそうでした)色補正はデジタルで管理し、印刷機上で出すインキの量もデジタル管理されています。現場の効率を重視する目的もあり、印刷オペレーターはすべての色をその通り平均に印刷することだけを求められています。

 

 ですから先生のような優秀な職人さんが持っていた、こうした機上での色加減ができる印刷オペレーターが少なくなっています。いや、やりたくてもやらせてもらえない。また原点管理があまいと微妙な加減はうまくできません。

 

 さらに原稿(色見本)として現場におろされるのはほとんどがデジタルプリンタで印刷されたものです。いまや製版の専門会社ですらそうなのです。彼らも突き詰めればもっといいバランスになるけどもこの程度でいいや、となっているのです。

 

 ジャパンカラーなどで代表される色管理の標準化とは、それぞれの行程に係わる人たちが楽に仕事をし、80点を取るためのノウハウです。確かにそのおかげで、とんでもない印刷データは少なくなりました。でも皆一様に平均的。印刷現場はそれらをそのまま再現しているだけ。

 

 弊社では「原稿よりもいい印刷をすること」をモットーにしています。美人はより美しく、食べ物はよりおいしそうに、車はより車らしく、革製品はよりなめらかに・・・これらを印刷機上で先生直伝のノウハウでひと味加えます。おいしい料理にほんのすこしスパイスを効かすのと同じです。あくまでほんの少し。

 

 もちろん根本的ダメなデータはどうにもなりませんが、良いデータであるばある程、さらに良くなります。

 

 弊社はこのノウハウを伝授されている数少ない印刷会社だと自負しています。

 

7、即乾は副産物

即乾印刷について

 

 近頃聞くことが多くなったこの言葉、実はあまり好きではありません。弊社で真剣に技術を追求てきた結果としてそうなったのですが、アプローチの仕方は様々なので詳細はこちらでご覧下さい(日本印刷技術協会HP

 

 先生はこの用語については「今更なにを・・」という感じでした。

 

 弊社ではUV硬化インクも使いません、特に水を絞りやすい版でもありません。昔から三菱製紙製のSDP(シルバーデジプレート)しか使っていません。文字ものに使われるフィルムベースの版です。

 

 この版は水の許容範囲が大変狭いので、これまで書いてきたような品質向上の改善をしてきた結果、自然にインクの皮膜を極薄にできるようになりました。

 

 よって、乾きが超早くなった。それだけです。

 

 高品質、短納期のニーズにはたびたびお応えするとこができ、そういったニーズのあるお客様にお喜びいただいています。

 

これからの印刷

市場縮小、価格競争、技術革新

 

 ご承知のように印刷物は価格破壊が進んでいます。印刷市場が縮小するなかで益々この傾向は続くでしょう。情報伝達の手段がIT化したこともこれに拍車をかけます。

 

・オフセット印刷はデジタル管理が進みスキルレスになった。


・プロ仕様のデジタル印刷機も実用化されている。

 

 よってオフセット印刷技術は不要になる日が近い。という考え方のが今の主流のように思います。しかしそれではあまりにも淋しい。

 

4色のバランスにこだわる

 

 印刷業界には、標準化されたデジタル色管理システムが普及しています。このおかげで本当に、同じデータなら同じように印刷されるようになっています。

 

 残るのは値段の競争、納期の競争、接客やサービスの競争でしょうか、業界が莫大な投資をして取り組んできた標準化ですが、ここへきて逆に自らの首をしめているのではないでしょうか。

 

 世の中の印刷物がすべて80点主義になった今、私は逆によそとはすこし違うバランスで印刷したいと考えます。100点は無理でも、今の力量ならば必ず90点にはなります。とてもニッチなこだわりだと思います。補色といって5色目の色を加えるやり方もあります。しかし4色機しかない弊社は、4色でできる最高の色にチャレンジします。

 

 プロの調理人がすこしだけスパイスを利かすように、インキバランスをあやつり、他社とひと味ちがう印刷をする。もう他所ではめったにやらないこの部分にこだわってみたいと思っています。

 

 これは、「同じデータならどの印刷会社でも同じものができる、だから印刷はどこへ出しても同じ」という風潮へのささやかな抵抗でもあります。

 

他社がやらないことにチャレンジ

 

 普通の紙にインクをつける仕事はどこの印刷会社でもできます。弊社は他所が嫌がるようなお仕事でも喜んで、やらせていただきます。なんなりとご相談ください。